令和4年3月31日で退職し少し休養してから転職することにしました

スタッフ日誌

転職することにした

高知県外で長年生活をしていましたが、高知市に帰って来てから8年になりました。高知で就業していた会社を今年辞めることにしました。採用時の仕事や条件を途中が変わり、全然畑違いの仕事を任されるようになったのが転機です。その時は約半年だけという約束で遠隔地への赴任でしたが、未経験で畑違いの仕事を人手不足が理由に結局4年8ヶ月の間ズルズルと延長されたので限界を感じ辞め時だと判断しました。

自分の時間がほぼ無い状態で続けて来たこともあり体調もあまり良くない状態が続いていました。冷静に考えても元の職種で転職をした方が良いと判断して年度いっぱいは勤めてから退職することを告げ、3/31の仕事を済ませ、ようやく遠隔地から生活用品等いっさいを車で引き上げて自宅に戻ってきました。本日退職手続きを済ませて完全に退職完了です。

つかの間の休養

しばらく休養して体調を整えながら転職活動をして再就職予定です。PC関係(ネットワーク等のインフラ)は今の時代はどの業界でも欠かせないので、自分のスキルはどの業界でも使えると思っているのであまり悲観的には捉えていません。もっと自分の時間を確保できて規則的な生活が送れる仕事先に転職できるといいなと考えています。

少なくとも、もう自宅とは別の場所で生活する二重生活を強いられる様な仕事はしたくないです。もともと専門外の仕事に半年だけ行ってくれと頼まれて渋々受けたのですが、年度変わりでもズルズルとその状態を先延ばしされてしまいました。

自宅(高知市)から仕事先(四万十市)への移動だけで毎週4時間を費やし、必要に迫られて自動車を購入し、交通費(自動車維持費、ガソリン代)は自腹でなんのために働いているか意味がわからない状態にかなりストレスを感じていたので、これですっきり肩の荷が降りました。

まだコロナ禍で自由に動き回れる環境ではありませんが、休息期間中はちょっとマイナーなところに出向き、美味しい食事などを食べて療養して再始動できる様にコンデションを整えようとおもっています。

思い返せばストレスを溜めながらあくせくと時間に追われて働くことの無意味さを痛感させられた5年間でした。これを学習できたことは意味があったと思うので、次に活かしてより良い生活が送れる様に考えて行動しようと思っています。最初は嫌々ながら渋々受けた仕事ですが延長延長で5年も経ってしまいました。異業種で新たに覚えた事もありますが人生の浪費だったのではないかとやや後悔しています。

フリーランスに戻ることも若干考えていますが、Uターンしてからは職場関係者としか接点が無かったため人脈が限られます。そのためフリーランスで活動しても大阪での様には事が進まないであろうことも想像できます。営業活動も自分で行うとなるとかなり無理があるので、やはりどこかの会社に就職するのが現実的かなと思っています。

追記(転職先決定)

休養はたったの二週間(半月)で次の仕事が決まりました。失業手当を受給しながら就業支援みたいな講習を受けて資格の一つでも増やそうと思っていたのですが、1つめの求人で採用が決まりました。高知県内の医療機関でシステム管理の仕事をする事になりました。またサラリーマン生活の始まりです。

初めての医療業界なので覚えることが多くありそうです。とは言ってもシステム管理の仕事なので前の仕事みたいな全くのど素人という訳ではありませんから負担は軽そうです。もちろん医療のことはど素人なので業界用語から覚えていかなくてはなりません(これは前の仕事と同じです)。

歳を取って衰えてきたことも自覚しているので、多少は余力を残して自分の事に時間を割けるように工夫もして行こうと思います。オープンソース系、ソフトウェア開発(趣味)なんかも本腰入れてやってみたいと思っています。

勤め先ではWindowsパソコンで動くシステムを使っているみたいなので、結局またWindowsのお守りをしなくてはならないのは変わりません。プライベートではLinuxをメインで使っていこうと思っています。個人で使用するにはやっぱりdebian系が良いですね。

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